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メンタワイ旅行記 その1
今回メンタワイに行くことになったきっかけは長年の友人のハセが私の家の遊びに来た時に「3月末にメンタワイに行くんだけど、1人分空きがるんだけど。摂ちゃん行かない?」って誘われたことからだった。以前から生きている間にメンタワイには1回は行きたいって思っていて、メンタワイは1年に5センチは地殻変動で沈んでしまうことを雑誌で読んでからは早く行かなければという気持ちにもなっていた私は何も考えずにすぐ「行く!」と即答してしまっていた。ハセに行くと答えた後になって家内に相談すると、2月に誕生日を迎える私へプレゼントしてくれると言うのだ!願ったり叶ったりとはこのことを言うのかと神さま、仏様に感謝。だけど一番は家内に感謝!出発は2003年3月27日。毎年4月にはサーフィンのガイドがヒマになる私にはイラク戦争も重なりタイミングもバッチリのサーフトリップと成った。

メンタワイはインドネシアのスマトラ島の西、約300キロに位置し、主に3つの島がありその島の北からゾーン1,2,3と分かれている。それぞれのゾーンには無数の島があり、有名なブレイクはマカロニ、H.T.など、最近ではサーフィン雑誌やビデオなどでは必ずと言ってもいいほど登場する、お馴染みのデスティネーション。ほぼ赤道直下に位置し南緯1度から2度、東経99度から100度の範囲に広がっている。

今回のトリップのメンバーはハセと私以外はハワイ日系ローカル。全員で10人と多め。そのうち女性はキャシーとリサの2名。今回のメンバーの内、メンタワイに行った事無いのはハセ、私、クリス、ジェイの4人。ハワイでも比較的日系は固まり易い傾向にあるのだが全員日系というのが面白い。苗字は全員日本名だった。メンタワイで会う他の船のメンバーにも「Are you Japanese?」と聞かれて「Oh!, We came from Hawaii」と答えてたけどね。

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我々のサーフボードで満載のトラック

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空港から港までの道端にある雑貨屋

当日、ホノルル空港に8時半に集合した我々はバッグ、ボードケースが届かなくてメンタワイまで行ってボードが無いという最悪の状況を回避するために、ピンクのテープと最終目的地のインドネシアのパダンまで運ぶように書いたステッカーをありとあらゆる所に貼り付け、チェックインするとカウンターに居たのはサーファーのお兄さんでボードのチャージをかなり安くしてもらい幸先のいいスタートとなった。日本までは約8時間のフライト。座席はほぼ満席。最初のフライトなのでそれほどの苦痛も感じることもなく、なんなくクリア。その後、成田で4時間ほどのトランジット。ここでハセと合流。シンガポール行きのJAL2022便に乗り込むと座席は空席が目立ち、気体も新しいB777でとっても楽チン。スチュワーデスのお姉さん達も楽しそうに仕事をしていて、気持ちよかった。シンガポールでは6時間のトランジットで着いたのはほぼ真夜中。エアポート内にあるホテルで仮眠をとるが興奮しているのかあまり寝付けない。

シンガポールからパダンまでは1時間のフライトであっという間にパダンに着いたが、ここから船が停泊してある港までのタクシーは今まで乗ったどんな乗り物よりも危険を感じるほどのメチャクチャな運転だった。人を20人ほど、やぎを5匹ぐらいを危うく引っ掛けそうになりながらのドライブだった。

パダンのそばにも港はあるのだが、船に乗り込むまで半日ほどの時間があったため、イラク戦争中のこの時期にイスラム教徒の多いパダンの町でブラブラするより、少し離れた所ににあるリゾートのCubadak島で時間を潰してからの方が安全だということでCubadak島まで行ったが、めちゃくちゃな運転の危険性を考えるとパダンに居る方がもしかしたら安全だったかもしれない。

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ひっそりとしたパダンの空港

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行き帰りに立ち寄ったCubadak島

Cubadak島ではナシゴレンヤ、ビンタンビールでまったりしていたが、ホノルルを出発してかれこれ40時間以上が経とうとしてた。これだけ焦らされるとは思っても見なかった。夜9時ごろいよいよNaga Lautに乗り込むとこれから10日間を過ごす部屋に荷物を移したりして、忙しかったが片付けをしたりしていてやっと気持ちが落ち着いてきた感じだった。しかし、まだスマトラ島から10時間ほど航行してやっとメンタワイに到着するのである。まだ先が長い。夜10時ぐらいにやっと出港し、初めての船の上での食事も済まし、とうとうベッドに潜り込むことが出来た。寝ている間にある規則的な揺れを感じ、それが南からのうねりである事を確信し、やっと安心して熟睡することができた。

朝、起きるとまだ薄暗く日の出前だったが、メンタワイ諸島は大きな島が3つあり、その周辺に多くの小さな島が点在しているのだが、真ん中の島と北の島の間の海峡を北の島に向かって航行している最中だった。北の島にはライフルズ、プレイグラウンド、バーガーワールド、ニプーシー、バンクボルトなどがあり、一般的なコースとしては最初に北に行きそこから下に南下し、また北に戻ってパダンに帰るようである。我々もどうやらそのコースを辿るようだったが、初日では右も左も何も分からず、ただサーフガイドのトムに任せるのみ。明るくなり、周りの島などが見え始めると、いつもハワイで使っているお気に入りの双眼鏡を取り出し、波チェックを始める。少し遠くの島に沿ってブレイクが見えると、フラットではない事に安心するが、どうやらそこのポイントでは入らないらしい。そのポイントはライフルズというライトのかなりのホロ−なブレイク。チューブの出口からスピットしているのも見える。少し強めのオフショアが吹いていたがなかなか良さそうだったが、こっちはもう夢にまで見た、メンタワイ、かなりの興奮状態ですぐにでも飛び込みたいのだが、少し先のポイントに移動。もう、ホノルルから50時間ほども経過しており、焦らしのレベルは極限に近い。

ライフルズをチェックしてから45分ぐらいたった頃だろうか、まっ平らな葉巻型をした島の南側でブレイクしているバーガーワールドというポイントで錨を下ろした。50フィートほどの大型のヨットが一隻、停泊していて、4人ほどサーフィンをしていた。このヨットとは日程が同じだったせいもありあちこちのポイントで顔をあわせることになった。フランス人のチームでガイドもフランス人。ガイドの彼は生後2週間から20才の今までそのヨットで生活してるとい話だった。

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今回の旅の拠点となったNaga Laut

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バーガーワールドのアウトサイド

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こんな無人島がたくさん

バーガーワールドと言う名前は厚めの波のことを英語でFatということから付いたようで、確かにアウトサイドでブレイクする波は厚めだった。しかし、さんざん焦らされ波乗りしたくてうずうずしていた私は誰よりも先にNaga Lautから飛び込んだ。まず、アウトサイドに行きセットの波が来たのを逃さず、テイクオフ、厚めのショルダーを少し走ってプルアウト。とにかく待ちに待ったメンタワイの波である。興奮は波に乗った後もしばらくは収まらず、水温も28℃もあるせいだろう、やたらノドが渇いた。でも、のどが渇けばサーフボードを振って合図すれば、Naga Lautのクルーのナタウが水を持って来てくれるのだ。なんと便利!このナタウはクルーの中で唯一のメンタワイ出身、しかも波乗りもするのだ。まだそれほど上手くは無いがメンタワイで波乗りしていればすぐに上手くなりそうだ。メンタワイではほとんどローカルが波乗りをしているのを見かけないが、何箇所かでローカルの子供が波乗りをしているのを見かけた。

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送り迎え、飲み水はこのディンギーで

Burger

バーガーワールドのインサイド

Burger

ワイドに入ってきたインサイド

バーガーワールドはブレイクのポイントとしては3ヶ所ある。島の南側に沿ってブレイクするため、全部ライトにブレイクするレギュラーの波だが島の先端でブレイクするホローなポイントとその手前の厚めのアウトサイド、そして島のすぐ横からテイクオフしリーフに沿ってブレイクするインサイド。アウトサイドのサイズは4フィートぐらいだが、インサイドは3フィートに欠けるぐらいだっただろうが、先端のポイントは浅そうで初日からあまり攻めたくない我々はアウトかインサイドで波に乗っていた。島の横からテイクオフするインサイドは速めだがきれいにブレイクし、アウトサイドよりクオリティーは高い。

10時から3時間ほども入っていたので、潮も上げてきていたし、空腹に絶えられず一度船に戻り、ランチそして休憩。一度波乗りをしたせいで大分落ち着きを取り戻した私だが、誰も入っていないポイントを見ていることに耐えられずハセとまたポイントに戻る。船から見ていてインサイドのブレイクの方が断然良いことに気が付いた我々はインサイドの形のいいのを狙ってテイクオフを繰り返した。ライディングとしてはテイクオフした後は勢いよく走り、ホレてきたセクションでチューブに入るか、リップに当てるかの2パターン。あまりインサイドまで乗りすぎるとかなり浅くなってしまう。

インサイドまで乗りすぎた私はこれから散々痛めつけられる右ヒザに最初の傷を負う。メンタワイに来る前からハワイでケガのモードに入っていた私はメンタワイでもケガのモードが続いていることを確認させられた。しかし、ケガは大したこともなく、ただの擦り傷。医者に行く必要があるようなケガはメンタワイでは大変な事になってしまう。なぜならばメンタワイには医療施設はなく、船で10時間走って、パダンまで行かなくてはならないからだ。

初日のこの日は夕方の6時半ぐらいまで夢中で波に乗り、もうクタクタで船に戻り、インドネシアビールのビンタンで無事にメンタワイにこれた事、波があったことに乾杯し、たらふく夕食を食べ。そして、もう耐えられず意識不明。

 

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